ADHDで同じミスを繰り返すのは「注意不足」だけ?ワーキングメモリを解説
医師・薬剤師監修
「一度注意されたのに、また同じミスをしてしまう」「確認しようと思っていたのに、作業中に忘れてしまう」と悩む方もいるのではないでしょうか。
ADHD(注意欠如・多動症)では、こうしたミスを単純に「注意不足」や「やる気の問題」だけで説明できないことがあります。
背景のひとつとして考えられるのが、ワーキングメモリ(作業記憶)や注意のコントロール、行動を順序立てる実行機能の特性です。成人ADHDを対象とした研究でも、ワーキングメモリの課題でADHD群と対照群の間に差がみられることが報告されています。(pubmed.ncbi.nlm.nih.gov)
「覚えていない」のではなく、「その瞬間に必要な情報を頭の中に保ちながら作業へ反映することが難しい」というケースがあるのがポイントです。
ADHDで同じミスを繰り返すのは注意不足だけ?
必ずしも注意不足だけとは限りません。
CDC(米国疾病予防管理センター)では、成人ADHDでは注意を管理すること、長い作業を最後まで続けること、整理整頓することなどに困難がみられる場合があるとしています。[cdc.gov]
例えば、上司から「この書類では数字を確認してから送って」と言われ、その場では理解できていたとします。
しかし実際の作業では、
- 途中で別のメールが届く
- 電話に対応する
- 別の数字を入力する
- 送信操作へ意識が移る
といった複数の情報が入ってきます。
その結果、頭の中に置いていた「最後に数字を確認する」という情報が抜け落ち、同じミスにつながることがあります。
本人は確認しようと思っていたのに、実行する段階で情報が保持できなくなっていることがあるのです。

ワーキングメモリとは?
ワーキングメモリとは、必要な情報を一時的に頭の中へ置きながら、それを使って考えたり行動したりする機能です。
単に「記憶力がよい・悪い」という話ではありません。
例えば、次のような場面で使われています。
- 口頭で聞いた3つの指示を順番に行う
- 電話番号を覚えたまま入力する
- 文章を読みながら前の内容を保持する
- 作業途中で「最後に確認すること」を覚えておく
- 計算途中の数字を頭に置いて次の計算をする
成人ADHDに関する38研究をまとめたメタ解析では、音声・言語系と視覚・空間系のどちらのワーキングメモリでも、中程度の群間差が報告されています。(pubmed.ncbi.nlm.nih.gov)
ただし、ADHDの人すべてに同じ程度のワーキングメモリ低下があるわけではありません。症状や困りごとの現れ方には個人差があります。
ワーキングメモリが弱いとどんなミスが起こりやすい?
日常生活では、「聞いた直後は覚えていたのに、行動するときには抜けている」という形で現れることがあります。
| 場面 | 起こりやすいこと |
|---|---|
| 仕事の指示 | 複数の指示のうち一部だけ抜ける |
| 資料作成 | 修正する予定だった箇所を忘れる |
| 買い物 | 店に着くと買う物の一部を忘れる |
| 家事 | 途中で別の作業を始め、元の作業を忘れる |
| 会話 | 話を聞いている途中で、自分が言おうとしていた内容が抜ける |
こうしたミスは「内容を理解できていない」ために起こるとは限りません。
情報を理解していても、複数の作業を進める間に保持できなくなることがあります。
「注意を向けること」と「覚えておくこと」は別?
完全に別々ではありませんが、異なる働きです。
例えば、チェックリストに「住所を確認する」と書いてあることに気づかなければ、注意の問題が関係します。
一方、一度「住所を確認しよう」と認識したにもかかわらず、別の操作をしている間にその予定が抜けてしまえば、ワーキングメモリも関係している可能性があります。
さらにADHDでは、反応を一度止める力、優先順位をつける力、計画する力など「実行機能」と呼ばれる認知機能にも違いがみられることがあります。成人ADHDに関する研究でも、計画、認知的柔軟性、反応抑制、ワーキングメモリなど複数の実行機能に差が報告されています。(pubmed.ncbi.nlm.nih.gov)

なぜ一度反省しても同じミスをするの?
ミスをした直後は、「次は絶対確認しよう」と強く意識できます。
しかし数日後、同じ場面になったときに、その注意点を自動的に思い出せるとは限りません。
特に作業量が多い、締め切りが迫っている、周囲に刺激が多いといった状況では、頭の中で同時に処理する情報量が増えます。
CDCでも、成人ADHDの症状は、生活上の要求やストレスが高まる状況で目立ちやすくなることがあるとしています。(cdc.gov)
「反省したかどうか」と「次回その情報を適切なタイミングで取り出せるか」は別の問題と考えると分かりやすいでしょう。
同じミスを減らすには「覚える」より外に出す
ワーキングメモリへの負担を減らすには、すべてを頭の中だけで覚えようとしないことが重要です。
例えば、
- 口頭の指示はその場でメモする
- 毎回行う作業はチェックリスト化する
- 作業手順を机や画面の見える場所に置く
- 「送信前確認」など具体的なアラームを設定する
- タスクを一度に複数抱えず、ひとつずつ終わらせる
といった方法があります。
「忘れないように頑張る」より、「忘れても確認できる仕組みを作る」方が再現性の高い対策になります。
チェックリストを作っても見なくなる場合は?
チェックリストは作るだけでは十分ではありません。
「いつ見るか」まで行動とセットにすることがポイントです。
例えば、「送信前チェックリスト」なら、パソコンの横ではなく送信ボタンの近くに置く、デジタル作業なら送信前にリマインダーが出るようにする、といった工夫が考えられます。
項目数も増やしすぎないようにしましょう。
10個以上の細かい確認事項より、頻繁に間違える3〜5項目に絞った方が使いやすいことがあります。
マルチタスクを減らすとミスは減る?
役立つ可能性があります。
複数の作業を頻繁に切り替えると、それぞれの作業で覚えておく情報も増えます。
例えば、資料作成中にメールへ移動し、その途中でチャットへ返信し、再び資料へ戻ると、「資料のどこまで確認したか」を保持し直す必要があります。
そのため、
- メール確認の時間を決める
- 通知を一時的に切る
- 作業を小さな単位に分けて完了させる
- 中断前に「次にやること」を一行残す
といった方法で、ワーキングメモリへの負荷を減らせる場合があります。

睡眠不足や疲労でも同じミスは増える?
増えることがあります。
集中力やワーキングメモリはADHDだけで決まるものではありません。睡眠不足、疲労、強いストレス、うつ状態、不安などでも低下することがあります。
そのため、「最近急にミスが増えた」という場合は、ADHDだけを原因と決めつけないことが大切です。
もともとの特性に加えて、睡眠不足や仕事量の増加などが重なることで、困りごとが目立つケースもあります。
薬を飲めばワーキングメモリは改善する?
ADHDの治療によって注意や実行機能の一部が改善する可能性はありますが、すべての人で同じ効果が出るとは限りません。
2024年の系統的レビュー・メタ解析では、メチルフェニデートの継続使用によって注意、反応抑制、ワーキングメモリなど複数の認知領域でプラセボより改善がみられました。一方、薬剤によって効果が確認された領域には違いもありました。([pubmed.ncbi.nlm.nih.gov])
NICE(英国国立医療技術評価機構)では、成人ADHDについて、環境調整を行っても生活への影響が大きい場合に薬物治療を検討し、必要に応じてADHDに焦点を当てた心理的支援などを組み合わせることを推奨しています。(nice.org.uk)
薬だけに頼るのではなく、メモ・作業環境・タスク管理などの工夫を組み合わせることが重要です。
同じミスが多いだけでADHDと判断できる?
できません。
誰でも忙しいときや睡眠不足のときには、忘れ物や確認ミスが増えることがあります。
ADHDの診断では、症状が子どもの頃からみられること、複数の場面で継続していること、仕事・学業・家庭生活などへ一定以上の影響があることなどを総合的に評価します。
NICEでも、ADHDの診断は質問票だけで行わず、発達歴、生活状況、複数の場面での症状などを含めた専門的な評価が必要としています。(nice.org.uk)
「同じミスをする=ADHD」と自己診断するのではなく、困りごとが長く続いているか、複数の生活場面に影響しているかを見ることが大切です。
医療機関へ相談した方がよいケース
ミスが多少あっても生活に大きな支障がなければ、まず環境調整やタスク管理を工夫する方法があります。
一方、次のような場合は精神科、心療内科、発達障害を扱う医療機関などへの相談を検討しましょう。
- 同じミスで仕事上のトラブルを繰り返している
- 忘れ物や期限忘れが頻繁にある
- 子どもの頃から似た傾向が続いている
- 家庭・仕事など複数の場面で困っている
- 対策をしても生活への影響が大きい
- 不安や気分の落ち込みも強くなっている
成人ADHDでは、症状そのものだけでなく、仕事や人間関係への影響を含めて評価することが重要です。CDCでも、成人ADHDは仕事、家庭、対人関係などへ支障を及ぼすことがあるとしています。(cdc.gov)
まとめ
ADHDで同じミスを繰り返す背景には、「注意していない」という理由だけでなく、ワーキングメモリや注意の切り替え、計画、反応抑制などの実行機能が関係している場合があります。
ワーキングメモリとは、必要な情報を一時的に頭の中へ置きながら行動するための機能です。
そのため、その場では注意事項を理解していても、途中で別の情報が入ることで「最後に確認する」という情報が抜け、同じミスにつながることがあります。
対策では「もっと注意する」だけに頼らず、メモ、チェックリスト、アラーム、作業の単純化などによって、頭の外に情報を置く仕組みを作ることがポイントです。
ミスが仕事や生活へ大きな影響を与えている場合や、子どもの頃から同じ傾向が続いている場合は、自己判断だけで抱え込まず専門医へ相談しましょう。

